モータースポーツ活動

乙訓出身のプロレーシングドライバーを目指して


2人の息子たちはスーパーGTのレーサーになりたいという夢を持っています。

大きな夢に向かってレーシングカート活動を続けています。与えられた環境で最高のパフォーマンスを発揮できるよう鍛錬を重ねています。モータースポーツはマシンの力が大きく左右するスポーツです。どんな状況であってもマシンのパフォーマンスを引き出していい結果が生める、そんな「"できない"を"できる"にする」を体現して、見てくれる人たちに楽しみや喜びを伝えていければと思います。

■ドライバー情報

#16 上田颯大

SODAI UEDA

カキエレーシングチーム


年中からレーシングカートを始め、小学3年生でカデットクラスにステップアップ。主に琵琶湖スポーツランドにて練習し、SLレースに出場。


#61上田琉世

RYUSEI UEDA

カキエレーシングチーム


年中からレーシングカートを始め、2020年12月のSL最終戦にレースデビュー。ビギナークラスで優勝し、2021年からはキッズクラスにてレースに出場する。


■ストーリー

"できない"を"できる"にする


そもそも最初のスタート自体が大変でした。

当時サラリーマンの私はテレビでF1を見ていました。長男がそれを見たときに「これにのりたい。」と言ってきたことが始まりです。モータースポーツはお金がかかるスポーツで、それをさせてやれる余裕もなかったのです。「そんなん無理やって・・」と最初は言いましたが、若干4歳という年齢の子供に、やる前から無理なんて教えてどうするんだ?とハッとしました。

やってみて無理かどうかを判断すればいい。そう思ってカートスクールを探し、体験と実習を経てついに自分たちのカートを買うに至りました。

最初は中古のカートで、13万円で購入しました。妻に頼み込み、家の貯金からお金を出して購入し、貯金の13万円はコツコツと返済していきました。

同じタイミングで当事業のULTIMO HANDMADE MARKETでの木工作品の販売が伸び始め、昼はサラリーマン、夜は木工活動というスタイルになりました。でも全く辛くはなく趣味をしながらお金を稼げるという感覚でした。そして3カ月程度で返済を完了することができました。この時から「"できない"を"できる"にする」というコンセプトが始まったように思えます。


ドライビングの基礎を作ったキッズカート


マシンを購入した後は、装備なども揃え毎週末練習に行くようにしました。当時在籍していたケイズガレージには同世代のドライバーがたくさんいたので、みんなと切磋琢磨し、運転の基礎の荷重移動やブレーキング、バトルの練習などをして練習に励んでいました。

そしてキッズカートのレースにも参戦をし、初めてのレースではトップから2周遅れという結果でしたが、練習とレースを重ねるうちに入賞や表彰台に乗るという事も経験できるようになりました。

弟もこのあたりから兄に刺激され少しずつキッズカートを乗るようになっていきました。


カデットクラスへのステップアップ


キッズカートをやって約3年と少しが経った頃、違うクラスでレースをされてる方から「カデットにステップアップしてみませんか?」と声をかけていただきました。キッズカートのドライビングも定着し、本当のカートの技術はカデットクラスから鍛えられると教えていただき、迷いはしましたが、その方が余っているカデットのマシンを譲ってくれてカデットの練習をしていくことを決断しました。

カデットというクラスは40ccのキッズカートのエンジンとは違いYAMAHA KT100エンジンを使用するカテゴリーでマシンもキッズに比べて大きくなるクラスです。


垣江監督との出会い


カデットにステップアップしてからは垣江監督が指導してくれるようになり、約1年を「感性を鍛える」というテーマで練習に取り組み始めました。

垣江監督は過去に世界戦を戦ったり、サーキットのレコードホルダーになるなど、スーパードライバーの1面も持ちながら最高のメカニックの技術も持ち合わせています。

本格的にカートに乗った本人にしかわからない目線での指導は、若干小学校低学年のドライバーにも、吸収できるみたいで、熱心に監督の話を聞いています。

私はメカニックとマネージメントの指導を受け、颯大はドライバーとしての指導を受けています。


トラブルとの闘い


もともとマシンのメカニックなどやったことのない私でも、カート活動を続けるうちにマシンを触れるようにはなっていきました。しかし思わぬ悲劇が発生します。

弟の琉世は2021年8月にキッズカートの全国大会に挑戦しました。その1週間前のレースでフレームが3か所折れるという事象が発生しました。中古で長く使ったフレームもいよいよ限界を迎え、40℃を越える灼熱のレースに参戦しました。

前日練習ではスプロケットが折れ、チェーンが外れる、エンジンマウントが安定しないなどの事象が起こり、やっとクリアできたと思ったレース当日は電気系のトラブルで公式練習、タイムトライアル、リタイアとまともに走ることさえ、できない状況でした。


キッズカート卒業へ


長い時期を支えてくれて最後のレースを終えたマシン
長い時期を支えてくれて最後のレースを終えたマシン

総勢26台のキッズカート全国大会の決勝は完走できるかとの勝負になっていました。中盤コースアウトしそうな危険なシーンもあり、2年前に兄の颯大がリタイアした過去もよぎる中、琉世はチェッカーを受けピットロードに戻ってきてくれました。

琉世を迎えに行こうとピットロードを走る私は、申し訳なさと、完走してくれた感謝と、プレッシャーからの解放で勝手に涙が出てきました。7歳の子供が大きな仕事をしてくれたという感動は今でも忘れません。

そして兄とあわせてキッズカート活動を支えてくれたマシンにも最後まで持ちこたえてくれて本当に感謝しています。

約4年の活動を終えて、私たちのキッズカートはこれで終了で、マシンも解体となります。

弟の琉生もカデットクラスへのステップアップとなります。


■フォトギャラリー